米電子偵察機「コブラボール」が日本海上空を連日飛行 監視対象は戒厳騒ぎがあった韓国か? 写真の記事を読む


去年1年間に、少なくとも59発の弾道ミサイルを発射し、ことしに入ってからも元日に1発を発射するなど北朝鮮によるミサイル発射が相次ぐ中、26日夜、沖縄県の嘉手納基地にミサイル追尾電子偵察機が、飛来したのが確認されました。


能勢伸之上席解説委員:
本来行動を秘匿すべきコブラボールの動向を、アメリカ政府に所属する機関が明かすことはめったにありません。その行動があらわになっていたのなら、コブラボールは民間機のようにあえて飛行中に電波を出すことで北朝鮮に自分の位置をさらけ出し、発射をけん制していたのでしょう。

防衛省によりますと、北朝鮮は、去年1年間に少なくとも59発の弾道ミサイルを発射しており、ことしに入ってからは元日に1発を発射しています。そうした中、アメリカ空軍のミサイル追尾電子偵察機RCー135S、通称「コブラボール」が26日午後8時すぎに沖縄本島中部のアメリカ軍嘉手納基地に飛来しました。

米偵察機「コブラボール」が3日連続で東海出撃 | Joongang Ilbo

能勢伸之上席解説委員:
本来行動を秘匿すべきコブラボールの動向を、アメリカ政府に所属する機関が明かすことはめったにありません。その行動があらわになっていたのなら、コブラボールは民間機のようにあえて飛行中に電波を出すことで北朝鮮に自分の位置をさらけ出し、発射をけん制していたのでしょう。

「コブラボール」は世界に3機しかない弾道ミサイルに関するデータの収集や分析を行う特別な偵察機で、北朝鮮などのミサイル発射の兆候がある際にアメリカの空軍基地から派遣されて飛来することが多く、警戒が強まっています。

北朝鮮をめぐっては先月26日から6日間にわたって行われた党中央委員会の総会で金正恩総書記が新たなICBM=大陸間弾道ミサイルの開発を進めると共に、近く初の軍事偵察衛星を打ち上げる方針も明らかにしています。また、金正恩総書記の妹、与正氏も先月、ICBMを今後、通常の角度で発射する可能性を示唆しています。

このときのコブラボールの動向について、アメリカの国営メディア「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の韓国語版は、北朝鮮の偵察衛星の打ち上げ直前、第1段の着水域で待機していたことを明らかにした。

【嘉手納】米軍嘉手納基地に来ている電子偵察機RC135S(通称コブラボール)が15日、北海道の西側空域を飛んでいるのが確認された。ウクライナ侵攻を巡り、ロシアが自国の存続が危機にさらされれば核兵器使用も辞さないとの立場を示したことから、警戒任務に当たっていたとみられる。


世界に3機の偵察機”コブラボール”が飛来!北朝鮮ミサイル対応か

このときのコブラボールの動向について、アメリカの国営メディア「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の韓国語版は、北朝鮮の偵察衛星の打ち上げ直前、第1段の着水域で待機していたことを明らかにした。

米電子偵察機「コブラボール」が日本海上空を連日飛行 監視対象は戒厳騒ぎがあった韓国か?

弾道ミサイルやロケットの探知・追跡に特化したアメリカ軍の偵察機「コブラボール」が5月27日夜、沖縄県の嘉手納基地から飛び立った。その約3時間後、北朝鮮は軍事偵察衛星「万里鏡1-1」号を新型ロケットに搭載して打ち上げたものの、空中爆発し、早々に発射失敗を発表した。

【航空機解説】 ミサイル専用情報収集機 RC-135S コブラボール

米空軍RC-135Sコブラボール(カリフォルニア上空)2機は嘉手納基地から何を探っているのか Senior Airman Amy Younger/U.S. Air Force

嘉手納基地に電子偵察機RC135Sが飛来 北朝鮮のミサイルを警戒か

弾道ミサイルやロケットの探知・追跡に特化したアメリカ軍の偵察機「コブラボール」が5月27日夜、沖縄県の嘉手納基地から飛び立った。その約3時間後、北朝鮮は軍事偵察衛星「万里鏡1-1」号を新型ロケットに搭載して打ち上げたものの、空中爆発し、早々に発射失敗を発表した。

Risky buisiness, 先週、日本海の公海上で北鮮機4機が RC-135S Cobra Ball に ..

米軍の電子偵察機が12月17日時点で8日連続、日本と韓国の間の海域の上空を飛行していたことが分かった。世界の空を飛ぶ民間航空機の位置をリアルタイムで表示するウェブサイト「フライトレーダー24」が入手したデータによって判明したものだ。

特殊偵察機RC-135U コブラボールの写真・画像素材[7263594]

この1週間は、北朝鮮の軍事偵察衛星の発射をめぐり緊張感が高まった。
アメリカ軍の動きを中心に解説する。

極めて特殊な任務をこなす偵察機で、米空軍は3機のRC-135S コブラボールを運用している。

問題の海域の上空を飛行していたのは、米空軍が3機のみ保有しているRC-135S偵察機、通称「コブラボール」のうちの1機だ。弾道ミサイルの光学/電子情報を収集する能力を持つ偵察機で、主に北朝鮮のミサイルの動きや発射の兆候を監視するために使用されている。

アメリカ空軍の電子情報収集機、RC-135Sコブラボール「62-4128」が2021年7月9日 ..

北朝鮮は過去1週間の間にミサイル発射を行っておらず、コブラボールの連日飛行が始まったのは、韓国の尹錫悦大統領が12月4日に突如、非常戒厳(戒厳令)を宣言(6時間後に解除)、今も続く政治的混乱を起こしてからだ。

米電子偵察機「コブラボール」が日本海上空を連日飛行 監視対象は戒厳騒ぎがあった韓国か? 2024.12.18

この1週間は、北朝鮮の軍事偵察衛星の発射をめぐり緊張感が高まった。
アメリカ軍の動きを中心に解説する。

特殊偵察機RC-135U コブラボール コブラボール,rc135u,アメリカ空軍の

韓国のMBCニュースは14日、オープンソースの飛行データを引用して、12月10日にコブラボール2機が沖縄の嘉手納基地にある前方作戦拠点から日本海(東海)に向けて飛び立ったと報じた。

嘉手納の大型偵察機の駐機場。左がRC135Sコブラボール、右がRC135Wリベットジョイント OF/61-2663のコブラボールの尾翼.

弾道ミサイルの発射から追跡まで探知できる米空軍の偵察機で、21~27人の乗員で運用される。空中給油機KC-135と同じ機体をベースにし、機体の側面に電子機器を搭載。米軍は3機保有。1998年に北朝鮮が行った長距離弾道ミサイル「テポドン」の発射実験以来、そのうちの1機が日本に飛来し、同国の弾道ミサイル発射実験を偵察してきた。最大時速800キロ、航続距離1万8000キロ。

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こうしたなか、アメリカ軍は偵察機コブラボールをもう1機、日本に派遣。世界で3機しかないコブラボールのうち2機が日本に展開した。アメリカは次に何を警戒しているのか……。
(「イット!」6月2日放送より)

米空軍電子偵察機「RC-135 コブラボール」が日本海上空を連日飛行…監視対象は戒厳騒ぎがあった韓国か?! コメント10; 0


バリエーションも多く、ミッションの機密性も抜群に高い機体である。


RC-135A
1965年に4機(63-8058、63-8059、63-8060、63-8061)デリバリーされた地埋探査、地図作製用写真偵察機。
1979年に空中給油磯に改造された。


OC-135B
1992年から1995年にかけて、3機(61-2670、61-2672、61-2674)を改造して作られたオープンスカイズ協定検証用査察機。
1機(61-2674)はすでに退役している。


RC-135B
1964、1965年に10機デリバリーされた電子偵察モデルで、これらはマーチン・バルチモア工場にフェリーされ、電子偵察装備を搭載の改修を受けて1967年にと改称された。


RC-135C
改造のSIGINT(信号情報収集)機で、1967年1月~11月にかけてオファットAFB、55SRW(戦略偵察航空団)に10機配備され、同年4月、RB-47Hに替わって戦略SIGINTミッションを開始した。
RC-135Cは前部胴体両側面に巨大なアンテナフェアリングを初めて装備したのが特長で、1970年に3機がに改造され、またその他の7機は1972年12月以降に改造された。


RC-135D 「リベット・ブラス」
3機を1965、1966年に改造したSIGINT機で、1967年1月にコードネームを「オフィス・ボーイ」から「リベット・ブラス」に変更した。
1975年までエイルスンAFBからのSIGINTミッション「バーニング・キャンディ作戦」に従事したが、1960年代後半には嘉手納に派遣され東南アジアにおけるSIGINT「コンバット・アップル作戦」も実施した。
1976、1978年に3機とも(後にRとなる)に再改造された。


RC-135E 「リサ・アン」または「リベット・アンバー」
(62-4137)を改造して1966年に作られた弾道ミサイル情報収集機である。
胴体前部に強力なフェーズドアレイレーダーを搭載し、前胴右側半分の外板がグラスファイバー製とされた他、内翼下面には発電用T55エンジン(左)と冷却用熱交換器(右)をポッド式に搭載していた。
1m四方の物体であれば1,800km以上遠方から探知可能という捜索能カがあったといわれるが、1969年6月5日にミッション中に行方不明となった。


RC-135M 「リベット・コード」
1966年にの後継機として6機の(62-4131、4132,4134.4135.4138.4139)が改造された。
と同じロングノーズレドームを持つが、前部胴体側面のアンテナフェアリングは無く、替わりに胴体後部にティアドロップ型フェアリングが付いた。
1967年5月には横田の3AD(第3航空師団)Det.1に配備され、戦略SIGINT 「バーニング・コード」を開始した。
翌1968年1月に嘉手納に移動して82SRS所属となり、ベトナム戦争終結まで「コンバット・アップル」ソーティーを実施した。
これら6機のM型は1978年以降順次へとコンバートされた。


RC-135S 「ワンダ・ベル」、「リベット・ボール」、「コブラ・ボール」
ソ連の弾道ミサイル実験の光学/電子情報収集は1962年にAFSC(空軍システムズ軍団)の(59-1491)によってテストが始められたが、1963年3月1日同任務はSACに移管され、同機はRC-135S「ワンダ・ベル」(後に「リベット・ボール」)と改弥され、4157SWに配備されたが、1969年1月にシェミア(アリューシャン)で墜落した。
例代S型クラッシュの直後、 2機(61-2663、61-2664)のRC-135S「コブラ・ボール」へのコンバートが開始され、1969年10月エイルスンに配備された。
61-2664は1981年3月15日にシェミアで墜落し、その代替として(61-2662)がS型にコンバートされ、1983年11月エイルスンに配備された。
また1995年には(62-4128)がS型に改造され、2003年現在で3機のフリートが維持されている。


RC-135T
(Q型改造機とは別のELINT機、55-3121)を1971年5月に改称したもの。
1973年に電子偵察型135のクルートレーナーとなり、嘉手納の376SWに配備された。
1979年にエイルスンAFB、6SWに移動したが、1985年2月25日にアラスカで墜落してた。


RC-135U 「コンバット・セント」
1970年に、3機(63-9792、64-14847、64-14849)を改造して作られたSIGINT機である。
63-9792は1975年から1977年にかけてに再改造された。


RC-135V 「リベット・ジョイント」
1972年にから7機(64-14841、64-14842、64-14843、64-14844、64-14845、64-14846、64-14848)改造されたSIGINT機である。
1977年にからの改造機が加わり、2003年現在8機が運用されている。
譲りの前部胴体側面アンテナフェアリンクを装備していたが、後にW型と同様の細めのフェアリングに変えられている。
RC各型に対してはエンジンをTF33からF108(CFM56)に換装するリエンジンプログラムが進行中だが、最初に換装されたのは(63-7292)で、VとWから順次換装される予定である。


RC-135W 「リベット・ジョイント」
1978年以降から6機順次改造されたSIGINT機である。
との相違点は前部胴体側面に大型のアンテナフェアリングを装備したこと、胴体後部のティアドロップ型フェアリングがなくなったこと、胴体下面にディッシュ型、ブレード型など多数のアンテナを増設したことなどである。
その後、3機の(62-4125、62-4127、62-4130)がRC-135Wにコンバートされた。


RC-135X 「コブラアイ」
空軍と陸軍が共同運用するため開発された弾道ミサイル情報収集機で、1983年にEC-135B(62-4128)からの改造作業が開始された。
技術的困難のためテストに長期間を要し、1989年7月にエイルスンの6SWに配備され、8月以降ソ連ICBM実験観測をスタートしたが、冷戦終結による予算カットのため1993年にいったん保管状態とされ、1995年に「コブラ・ボール」にコンバートされた。


TC-135S、TC-135W
これら2機種は厳密には偵察機型の範疇には入らない機体だが、、、、のクルートレーニング及び支援機として使用されているためここに分類した。
いずれも偵察装備は搭載していないが、ロングタイプのレドームを持ち、右翼上面やエンジンナセルを黒く塗装(S型)したり、前部胴体側面アンテナフェアリングを装備する(W型)など、偵察型をシミュレートする仕様となっている。
TC-135S(62-4133)は1985年にEC-135Bからコンバートされ、TC-135W(62-4129)は1987年にから改造された。


WC-135B、TC-135B
WC-135Bは1965年に、10機(61-2665、61-2666、61-2667、61-2668、61-2669、61-2670、61-2671、61-2672、61-2673、61-2674)を改造して作られた気象偵察機である。
本機の任務は、アメリカのグローバルな戦略に合わせて世界各地の気象情報を収集すること、及び大気中に浮遊する放射性物質の観測・収集である。
10機のうち3機は1973年に要人輸送機に改造され、1機(61-2667)は1977年頃からクルートレーナーとして使われていたが、1993年にTC-135B、1995年にへと改称された。
冷戦の終了と核実験停止条約の発効によりWC-135の任務の重要性は薄れ、3機はに改造され、残る3機も退役済みで、2003年現在残っているのはWC-135Wが1機のみである。


WC-135C
(62-3582)を改造した気象偵察機だが、外見上はEC時代とほとんど変わりがない。


WC-135W 「コンスタントフェニックス」
(61-2667)を1995年に改称した機体である。
なお、他の2機も(61-2665、61-2666)も1995年にWC-135Wとなったが、1年足らずの間に退役した。

2020.9.2 台風避難のため横田基地に飛来していたRC-135が嘉手納基地に帰投しました.

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フジテレビ報道局特別解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。